2015年10月18日

学校英語とプログラミングは学習方法が似ている

「学校で習う英語」の成績がよかった人ってプログラマーには向いてるだろうなーと思うのです。

@文法をおぼえて

A単語を覚えて

B文章の意味をくみ上げたり文章を書く

ってで、個人差で限度はあれど学校英語は普通に成績を上げられます。
プログラム言語も「学校の英語」と同様、

@文法をおぼえて

A基礎的な命令文やできあいのごにょごにょを覚えて

B他人の書いたプログラムの意図を読みとったり自分でプログラムを書く

という全く似た基礎学習があります。
ここで重要なのは「習ったことに疑問を覚えずにそのまま為す」ってこと。
プログラム言語を習う人にありがちなのは「どうしてこの文法ははこうなの?」という疑問を覚えてつまづく人がいるのですが、そうなるように作った人がいるからそうなるだけ、としかいえない。
あたりまえですが言葉だって人が作ったもので、人がそうルールを決めてそのルールに従って長年使ってきたんだからそういうもんだとしかいえない。
考えなくていいところで立ち止まって時間を無駄にするくらいなら「さっさと何か作れや」ってな話で。
「ここがよくないとかいうのは人前に出せるもん作ってからにしろや、ひよっこめ」とも言いたくなります(笑)
(C言語でポインタとかで「イメージがつかめなくて」ひっかかる人がいますが、教科書やサンプルにあるものをルールどおりにやればとりあえず動くんですよ。考える前にやってみよーぜってなわけで)

ルール(文法)を守ってそれを繰り返して繰り返して、できることの幅を増やしていくことがプログラミングのオーソドックスな上達法なわけで、それは学校英語の成績をあげるのと似ていると思います。
そこに余計な詮索やオリジナリティは要りません。
僕は情けないことに英会話はできず、学校英語で学んだことは受験と大学内でしか使う機会がここ最近まではなかったのですが、ただ今になってみるとその学習姿勢の基礎があったから全く無縁だったプログラミング言語を独学で使えるようになったのかなと今では思います。(大学での専攻は乱暴に言えばマクロ生物学です)

ここ最近までは……と書きましたが、今は逆に英語の基礎程度の読み書きができないとプログラマーの仕事はできなくなってくるのかもしれません。
わからない技術、ほしい技術があっても、日本語の文献や検索結果がない技術のほうがまだまだ多いからです、、、、、、っていうか日本語で解説されてるのなんて一部に過ぎません。
日進月歩でどんどん効率的に広範囲に使える技術が増えていく昨今です。
ますますそうなっていくでしょう。
また外国人とやり取りする際は絶対英語です。(どんな仕事でも外国人とやりとりできる手を持たないとこれからは厳しいでしょうけど(^^;))
読み書きだけに特化した教育も無駄ではなかったと痛感する今日この頃、37歳の秋です。

posted by B.cos at 22:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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