2011年06月05日

ダイアリー・オブ・ザ・デッド

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※現在、6月5日、東日本大震災から3ヶ月経とうとしているときにこのレビューをかいています。

ジョージ・A・ロメロ監督は本来「生き返る死体」をホラー映画として扱わない。
グロテスクな形は印象付けるためのエッセンスとして、「生き返る死体」はその時々の社会を皮肉るための象徴として扱われる。
今回は高度情報化された社会を上手に、かつ笑えないレベルで皮肉っている。

マスメディアは市民のニーズから乖離した情報、もしくはヒステリックにならざるを得ない情報を延々たれ流す。
そのマスメディアが伝えない情報を、鬼の首を取ったように主観という名のバイアスを交えて多くの一般市民が発信し、多種多様なバイアスでまみれた情報網を作り出しさらに人々を混沌と恐怖に突き落とす。
主人公の映像学校の学生もまた陳腐な義務感から「真実を記録し、世界に発信すべきだ。それで救われる人間がいるはずだ」とカメラを回し続けるが、本来すべきことから離れ、自分が置かれてる現実から離れていく。

ただ、最後のほうで主人公が撮っていた映像の一部が流れるが、それを撮ったとき彼がどう思ったかを考えると複雑な心境になる。(その内容は見てのお楽しみということで)

人だったものが人を害す存在になって、さらに無法化した世界で人と人が害しあう、ジョージ・A・ロメロの映画はこのスタンスを崩さない。
崩さないで評価され続けるのは、いつだって人の世がままならないことの証明なんだろうと思う。



※2011年3月に東日本大震災があって、それからこの2年前の映画を見たんだけど、この2ヶ月間感じたことが、そのまま映画化されたような、なんとも不思議な経験をした。
感想からいうと、おもしろかったが、なんとも気持ちが悪い。
ちょっと前に目の前にしてなんともいえない怒りを感じたことが、わかりやすい形で風刺されてて、感情の反復がひきおこされてなんだかイヤな気持ちです。
作品自体は陳腐さが多少あるものの、緩急が隙なく効いてておもしろい。
ただ、自分も含めてだけど、「今」の痛いところをストレートに突かれた感がする。

posted by B.cos at 22:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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